〜なぜ “ぼくもんどう” と名付けたのか〜

四代藩主 津軽信政公は、山鹿素行の兵法を取り入れるために

素行の四人の弟子を江戸から迎えました。

そのうちのひとりが、私の先祖である牧野伴右衛門です。

伴右衛門の子孫である佐次郎が後に兵学塾「牧門堂」を開きました。

この名を借り、工房の名称といたしました。


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